【軽井沢・旧三笠ホテル】政財界の要人が晩餐会を開いた西洋式ホテル

  • Pocket

近衛文麿や徳川慶久、有島武郎などといった明治・大正時代を築いた著名人がたびたび訪れ、来軽する西洋人にもこよなく愛された「旧三笠ホテル」。明治後期に建てられた純西洋式のこの木造ホテルは、福井県出身の実業家である山本直良氏によって開業されました。今回は、「旧三笠ホテル」について、深堀していきたいと思います。

旧三笠ホテル
旧三笠ホテル ロビー
ロビー
旧三笠ホテル 写真
ロビーに飾られた当時の写真には、近衛文麿、有島武郎、徳川慶久らが写っている。

酪農経営に失敗ののち、誕生した三笠ホテル

十五銀行や明治製菓、日本郵船などの役員に名を連ねた山本氏は、明治37年頃、軽井沢宿の原野25万坪を購入します。農科大学獣医科を卒業していた彼は、当初、酪農を試みますが失敗。そこで次に目を付けたのが、軽井沢に訪れる西洋人たちでした。当時の軽井沢では西洋別荘の建築が盛んに行われていたこともあり、純西洋式ホテルの経営を計画します。場所は軽井沢駅から約4㎞、浅間山の東端に広がる裾野、愛宕山の北西麓。その愛宕山が奈良県の三笠山に似ていることから、三笠ホテルと名付けたそうです。

旧三笠ホテル

三笠ホテルの建設にあたり、山本氏は明治27年に創業していた「万平ホテル」の佐藤万平(初代)に監督を依頼。設計は岡田時太郎、大工棟梁に当時の西洋人別荘を数多く手がけていた小林代造を迎え、副棟梁には小林孝七を立てて、翌明治38年に竣工します。スティック・スタイル(木骨様式)を採り入れたゴシック風の建物は、扉のデザインはイギリス風、下見板はドイツ風の優雅という言葉そのものの姿。各客室には、軽井沢彫りの西洋家具が備えられ、洋食器やピーポット等(有島武郎の弟である有島生馬のデザインとも言われている)にもこだわりました。

外国人避暑客専用ホテル。テニスコートやクロケットヤードなども完備

営業開始は明治39年5月29日。最初の宿泊者はミス・A・E・アレンという方だという記録が残っています。明治時代の宿泊費は1等12円、2等8円、3等5円だったそうで、客室は30室、宿泊客40名、照明にはイギリス製器具のアセチレンガスを用い、馬車2台を備えていました。当初は外国人避暑客の夏だけの営業で、開業期間は5~8月、長くて4ヵ月から短くて2カ月間の営業だったようです。敷地内には庭園やテニスコート、クロケットヤード、プール、鐘楼、三笠焼きの窯、別館などが点在していました。

三笠ハウスとして受け継がれ、上皇后美智子さまも独身時代にご宿泊

ロビー

その後、三笠ホテルは明治43年に水害に遭ったり、大正14年には明治屋による買収、戦争による休業などの歴史を重ねます。その中での一番大きな出来事は、昭和20年の進駐軍による接収ではないでしょうか。米陸軍第一騎兵師団、将兵休養所として使用されるようになり、昭和22年には米陸軍第八軍、M.P.駐隊ホテルとして転用されます。昭和26年には使用米軍失火により、別館が焼失するという不幸にも見舞われます。

旧三笠ホテル 
上皇后美智子さまが独身時代にご家族と滞在された部屋

そんな三笠ホテルが大きな転機を迎えたのが、昭和27年。第八軍が撤収したことを受け、万平ホテルに勤務していた山名傳兵衛氏が借り受け、支配人となる形で「三笠ハウス」と改称。営業が再開されたのです。その後、約20年にわたり営業され、多くの人々に愛されます。21号・22号室が二間続きになったコネクティングルームには、上皇后美智子さまが独身時代にご家族と滞在されたそう(三笠ホテル時代には11号室に渋沢栄一が宿泊)。しかし、惜しまれながらも昭和45年に64年間の幕を閉じることになりました。

外観はもちろん、室内の設えの細部にまで見ることで面白い発見がある

旧三笠ホテルはその後、歴史的価値に注目が集まり、昭和49年に現在の地に移築され、保存されることになりました。昭和55年5月31日には国の重要文化財に指定。幾度か保存・修理工事が行われ、今も美しい佇まいを保っています。

旧三笠ホテル 玄関ドア
円形ガラスの玄関引き戸

館内は、修理・復元により、当時の姿が再現されています。創業の頃のヨーロッパではアール・ヌーヴォーが流行しており、随所にその影響が見られます。玄関(エントランス)の引戸は円形のガラスがあしらわれていますが、明治の日本には無い珍しいデザインとして、ぜひ注目したいところです。

カーテンボックスには松と鶴、三つの笠で三笠ホテルを表し、さらにひもでMとHの隠し字があしらわれた紋章が施されるなど、そこかしこにこだわりが見て取れます。このカーテンボックスの図柄も有島生馬のデザイン。客室に備えられたタンスにも同様のものが刻まれています。

旧三笠ホテル 客室

部屋に置かれたネストテーブルや六角花台など、見事な軽井沢彫りの西洋家具も必見です。エピソードとして面白いのは、キーボックス。西洋式ホテルのため13号室は使われておらず、逆に日本では忌み嫌われる4、9号室はあること。そういった配慮もしっかりとなされているのは、さすがに軽井沢と言えるのではないでしょうか。

旧三笠ホテル 階段
階段ホールから玄関を見下ろす

ちなみに三笠ホテルは、もともとは個人邸だったそうです。よってエントランスを入ると、すぐに階段がある間取りとなっており、ロビーもなかったと言います。後に食堂だった場所にフロントをつくり、ロビーに変えたのでした。トイレはスィートルームである18号室以外は共用でしたが、当時から水洗トイレ。タイルや洗面台はすべてイギリス製でした。

旧三笠ホテル トイレ

まとめ

現在、旧三笠ホテルは、耐震補強を含む大規模保存修理工事を行うため、令和元年12月28日より長期休館中。残念ながら見学することができません。再開は令和6年3月の予定なので、またその姿を見られることを楽しみにしながら待ちたいと思います。

名称 旧三笠ホテル
所在地 北佐久郡軽井沢町大字軽井沢1339-342
電話番号 0267-45-8695(教育委員会生涯学習課文化振興係)
駐車場 有り
備考 令和元年12月28日より長期休館中。
   
  • Pocket

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*