【軽井沢・伝説】昔々から語られてきた17の言い伝え、その2

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古来より、軽井沢に伝わるさまざまな伝説シリーズパート2。軽井沢の17の伝説をご紹介する第二回目です。今回は6つのお話をご紹介します。

綿埋(わたうずめ)

古宿・借宿の北側から西側にかけて流れる御影用水。ここの堰にはじめて水を通した際、現在の綿埋までは水は流れてきたものの、そこからどうやっても水が漏れてしまい流れなかったそうです。思案を繰り返すものの誰も妙案が浮かばず、その末に思い付いたのが、「ここで芝居をやれば大勢の人が来る。きっとその中にはうまい考えを言う人がいるだろう」。そこで芝居を行ったところ、ある者が「惜しいことだ。ここまで水が流れてきて、綿を埋めれば流れるのに」と言ったそうです。果たして、綿を埋めると水はめでたくうまく流れ、ここを綿埋と名付けたと言い伝えられています。

かつら淵

杉瓜から追分に行く途中に、かつら淵という名が付いた狭い川淵がありますが、その名の由来は女性の名前なのです。その昔、「かつら」という名の追分宿で働いていた飯盛女が、その苦しさに耐え兼ねて逃げだしたものの、追っ手に追いつめられたそう。彼女はついにこの淵に身を投じて死んだことから、この名が付いたと言われています。この地に伝わる悲しいお話です。

釜が淵

釜が淵橋
釜が淵橋

鳥井原から発地に行く途中の湯川に、永久橋がかかっています。この橋は別名、釜が淵橋とも呼ばれ、その下が釜が淵だそうで、昔はこのあたりに一匹の気のいいカッパが住みついていたと言います。婚礼や葬式などを行う際に食器が足りなくなると、このカッパに頼めばいつも気軽に余るほど貸してくれました。ところがある時、借りた食器を壊し、ひと言も謝らずに黙って返した者がおり、それ以来、誰にも貸してくれなくなったという伝説が残っています。

9 カラス明神

油井地区には、日本に三か所しなかいありがたい神様である「カラス明神」を祀った小さなほこらがあります。イボなどのできものが出来ると、この明神の石でそれをなでると、ものの見事に落ちてしまうことから、土地の人たちにはたいへん大事にされている明神様です。しかし、そのお礼に拝借した石の数の倍だけお返ししておかないと、落ちたはずのイボがまた出来てしまうという、不思議な石と言われています。

10 金の観音様(杉瓜観音)

昔々、杉瓜地区に住む子どもが山へ柴刈りに行くと、草むらの中に光っているものがありました。何だろうと思い、草むらを分けて探してみると、そこにあったのは身の丈10㎝ほどの金で出来た観音様だったのです。杉瓜の人たちは、これは守り本尊だと、その場所にお堂を建てて祀ったのだそうです。

その場所は、今はさびれてしまいましたが、当時は信仰する人々はとても多く、佐久平一帯はもちろんのこと、遠くは群馬県の高崎や甘楽郡などから、わざわざ和美峠を越えて参拝に来たそうで、お賽銭がいつも四斗樽にいっぱいあったと言われています。

しかしある時、この金の観音様を盗んで質に入れた者があってからは参拝する人はいつとはなしになくなってしまいました。しかしながら、金の観音様は失せてしまいましたが、観音様は今でも杉瓜地区の氏神様として祀られています。

11 発地(ほっち)恋しや…

その昔、発地地区には七つのお寺と八つのお堂があったそうです。寛保2年に、かつてない大洪水がこの地区を襲い、このお寺とお堂、祀られていた仁王様も水に流されてしまったそうです。それから今でも千曲川の下流から、仁王様の「発地恋しや、戻りたや…」と泣き偲ぶ声が聞こえると言います。仁王様にとっては、発地がさぞかし住みよいところであったのでしょう。

まとめ

いかがでしたか? 今回は悲しいお話がありました。仁王様の声は今も聞こえるそうですから、発地に出かけて耳を澄ましてみるのもいいですね。ぜひ、伝説巡りを楽しんでみてください。※ご紹介した伝説は、軽井沢町観光経済課発行「軽井沢案内2019」を参考にさせていただきました。

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